このブログではまだ書いていなかった僕たちの道場(プライベートジム)の事。
今更かよって話だけど忘れないうちに書いておきたい。
8月
順調に運営していたが、売りに出ていた建物に買い手が付く。いよいよ解散・退去せざるを得なくなったが、僕たちには少しばかりだが利用料代わりに積み立てしていたお金があり、そのお金でホールド・ウレタン・その他備品を買い取る事になった。いつか再開する日が来るのを願って。
9月
地元で鉄工所を営む先輩から、工場の2階に70坪ほど空いてるスペースがあるので好きに使えと誘われる。正直な話、急な展開過ぎてとても悩んだが、すでにやらない理由がなくなっていた為に再度発起した。予算組、資金の工面、壁の設計、材料積算と手配、全て自分でやった。メンバーのほぼ全員が賛同してくれてとても勇気をもらった。
10月~12月
改めて仲間を集め、連日の夜間作業の末、今の壁が完成した。ちょうどメンバーの一人である陽平君が僕の会社に就職してくれた事で、作業はとても上手くいった。彼の大工経験と若いパワーは凄かった。
そして今
完成から3か月が経ち、僕はたぶん今までで一番クライミングライフを満喫している。自宅にプラベートウォールを作ったのはかれこれ15年前、さらに里山がっこうにも人工壁を作ったが、いずれも外壁のない半屋内のため、家から5分の全天候型ウォールの快適さにはかなうはずもない。仕事を終え、家で夕飯を食べてから寝るまでの間、ずっと登れて、そこにはいつも仲間が集まってくれる。
自分の登りに対する意識もずいぶん変わった。つい先日、三輪君と岩でのリスク管理と出力制御について話し合ったのだけど、僕は100パーセント近い力を出せるよと言ったのに対し、彼は出力をジムの7~8割に絞っている事を聞き、なるほどなぁと思った。僕は基本的にジムのホールドやムーヴが苦手というか、外で使えない持ち方やムーヴは覚える必要がないと考えてきた。ランディング技術については色々な意見があると思うが、僕の経験では、精度の高い予測能力と反応速度、それに体に染み付くまで反復した無意識の防御本能が重要であり、それらを阻害する癖をなるべく付けないようにしてきた。つまり言い換えれば、ホールドを破壊するリスクが低く、咄嗟にホールドを離せて、空中で体を捩れる中での100パーセントだったのである。そんな話をしてから、僕自身の100パーセントの捉え方を改めてみようと思い、さっそくジムで積極的に苦手な課題に励んでみた。すると、最初は全然持てなかったホールドが少しづつ持てるようになったり、絶望感漂うムーヴに可能性が見出せるようになったりと、限界値が上がるのがハッキリと確認できた。何より、今まで忘れていた新鮮さというか、単純にすごく楽しい。なるほどこれがスポーツクライミングかと、今更ながら気付いてしまったのである(笑)
最後にまた話は戻るが、この我儘で破天荒な計画に首を縦に振ってくれた元オーナー、事情を知って手を差し伸べてくれた現オーナー、計画の最初から大変な裏方をこなしてくれた三輪君、そしてついて来てくれたメンバー達に心から感謝します。ここを拠点に霊山ボルダーランド、ポレットボルダー、多くのシークレットエリア、そして新たな開拓を盛り上げていきたい。そしてコロナ禍が落ち着いたら、まだまだやりたい事がたくさんあるのであります。
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